葛飾区で祖父の代から70年 下町のペンキ屋さん 中田塗装

有限会社 中田塗装
☎03-5876-3216
受付 9:00-20:00(年中無休)

スタッフ紹介

父 中田敏夫

塗装の職業に就いたの中学を卒業後すぐに、塗装業を志して専門学校をでてからなので、もう丸45年になります。私の親父が看板と塗装の仕事をやっていたので自然にこの道に入ったようなものですね。昔と今の違いは、とにかく昔の職人はよく酒を飲んだことでしょうか。 毎日職人3人くらいで必ず2升は飲んでいたのを覚えています 後はペンキの材料が昔と比べるとかなりよくなっています。 次から次へと新しい材料がでてくるので、私も日々今でも勉強をしなくてはいけないなと思っております。

私 中田隆裕

地元の中学、高校を卒業して、洋服屋になろうと思い卒業後すぐに洋服メーカーに勤め、 ミシンの技術、営業のスキルを身につけていきました。 希望していた、ファッション関連の仕事で、ものづくりが好きな私には天職だと思っていたんですが、、、 でもいつも何か、仕事に没頭していても心のどこかに引っかかるものがあったんです。
洋服メーカーに勤めて4~5年が経った頃、私の父が祖父の創業した塗装店から独立し、自分で塗装店を経営したい。という話がありました。 私が生まれた時には祖父はすでに他界していましたが、その祖父が創業し、叔父と従兄弟も従事するその時すでに、創業から50年を経た下町のペンキ屋です。 商売は、祖父が築き上げ、父や叔父、従兄弟たちが受け継ぎ、お客様からお客様をご紹介いただくような信頼のあるものでした。 きっと、父は信頼に裏打ちされた祖父からの塗装店から独立するときには、ゼロからお客様との関係を築きあげることに相当な不安があったことだろうと考えました。『そっか、そういうことか』
父の創業のことを考えているとき、私の心の中で引っかかっていたことがわかったんです。 私は下町のペンキ屋で育ち、近所の人の助けを受けながら育ちました。 やんちゃだった私は、迷惑も随分かけてきたと思います。 それから、祖母がご近所や関係のあるところにいっては草むしりをして無償の奉仕をする姿を見てきました。 ときには、食事に困っている見知らぬ外国人を家に招き入れて食事をさせているなんていうことも何度か見てきました。 これは、余談ですが祖母が2年前に他界した際には、お葬式には家族親戚の誰も知らないような方々も参列してくださいました。 小学校の時の友人は、お菓子をたくさんくれた祖母を懐かしんで電話をかけてきてくれました。
私は下町生まれの下町育ち、洋服屋のものづくりの仕事も没頭できるものでしたが心のどこかに引っかかっていたのは、 直接お客様の役に立って、お客様に喜んでもらいたい。 生まれ育った下町に恩返しをしたい。 祖父から続く下町のペンキ屋さんを繋げていきたい そういう気持ちが引っかかっていたんです。
私は、下町のペンキ屋になることを決意し、洋服メーカーを退社しました。 父の創業を手伝い、ペンキ屋になりました。 そうそう、幼稚園の卒園アルバムの夢は、『ペンキ屋さんになること』でした。 このときすでに、決まっていたのかもしれません。 私は、町を歩けば『あら、ペンキ屋さん』と声をかけられるような 地域に密着した会社にしていきたいです。 そのためにも、安心・確実・丁寧な仕事をするように心がけています。 職人だけで、家を塗装するのではなく、お客様と一緒に家を守るために一緒に進めていく。 何かあれば、気軽に声をかけられる雰囲気をつくっていきたいです。

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